シャトル拾いで見えてきた、バドミントンサークルの人間模様
バドミントンサークルに入って早数ヶ月。楽しくて仕方ない日々を送っているんだけど、最近、練習中の「シャトル拾い」に妙な人間ドラマを感じるようになってきたんだ。 まず、シャトル拾いを「仕事」として捉えている人がいる。ボールを拾うスピードが段違い。誰よりも早く、正確に、そして効率的に。彼らはきっと、コートを常に清潔に保つことで、みんなが気持ちよくプレーできる環境を作ってくれているんだろう。尊敬しかない。 次に、シャトル拾いを「コミュニケーションの場」にしている人もいる。拾いながら、隣の人と今日の調子はどうだとか、あのプレーすごかったねとか、自然と会話が生まれている。無理に話しかけなくても、シャトルを拾うという共通の作業を通して、人間関係が深まっていくのが見えるんだ。 そして、ちょっとマイペースな人もいる。シャトルを拾いながら、ぼーっと空を見上げたり、今日の夕飯のことを考えたり。そんな彼らを見ていると、「あ、バドミントンって、必ずしもストイックじゃなくてもいいんだな」って思えて、なんだかホッとするんだ。みんながみんな、同じモチベーションで来ているわけじゃない。それぞれの楽しみ方があって、それでもこのサークルに集まる。それがいいんだなって。 シャトル拾い一つとっても、こんなに色々な人がいる。バドミントンって、プレーするだけじゃなくて、そこに関わる人たちの個性や人間性が垣間見える、奥深いスポーツなんだなと、改めて感じさせられている今日この頃なのでした。
