第38回 活動報告
【活動報告】第38回 あおぞらの輪
私たちの生活は「もやもや」が溢れている.家族や職場,親しい友人との人間関係で感じる「もやもや」,社会問題が見えてしまった時の「もやもや」,自分の感情を上手く言語化できない「もやもや」.
今回の「あおぞらの輪」では,そんな「もやもや」が,多くの場面で語られることとなった.
ある方は,職場で抱えた「もやもや」を打ち明けて下さった.一緒に働いている後輩が,上司に対して,「お気をつけください」という言葉を使ったらしい.その後輩は,(もしかすると)さりげなく言い放った言葉だったかもしれないが,何かが引っかかった.「お気をつけください」という言葉のもつニュアンスなのだろうか,それとも発せられた言葉の圧だろうか.「お気をつけください」という丁寧な言葉であるのに,相手の行動を規制する「注意」という意味合いをもつこの言葉に「もやもや」を感じていたようだ.
こういったSST(ソーシャルスキルトレーニング)と呼ばれる,コミュニケーションの訓練は,一体いつ学ぶことができるのだろうか.学校を卒業し,社会に出てから,個々で学ばなければならないこの社会の現状には,問題があるのではないのだろうか.‥とまたもや,「もやもや」が雪のように降り積もる.
相手が何気なく放った言葉に「もやもや」した経験は,どのくらいの人が持っているのだろうか.そういった「もやもや」は,普段から人間関係を大切にし,細心の注意を払っている人にこそ感じやすいからやり切れない.悩んできたから他人より見えるようになり,見えるようになったからこそ,さらに「もやもや」する.見えているのは,人間関係の細部だけではなく,その細部の問題を作り上げている社会の構造「も」である.見えてしまう,気づいてしまうからこそ「もやもや」してしまう.だったら,見えない方が・気づかない方が,楽なのだろうが‥.
いつも入念に準備をしてくれる友人は,今回も丁寧な2枚の資料とともに,1冊の本を紹介してくれた.
● マルティン・ヴァルザー「逃亡する馬」内藤道雄訳(同学舎)
中年のギムナジウム教師ヘルムート・ハルムは妻のザビーネと共にボーテン湖畔で休暇を過ごしていた.そこにかつての旧友クラウス・ブーフが声をかけてくる.彼は,ヘルムートがかつての自分の教え子と見紛うほどに若さを保っており,若い妻を連れていた.両夫妻は共に休暇を過ごすことになるが‥(配布資料の「3 あらすじ」より)
安定で堅実な生き方をしている陰キャな主人公と,刺激的・現代的な生き方をしている陽キャなクラウス.対象的な2組の夫婦が湖畔で休暇.クラウスが所々精神的にマウントをとってくるためか,物語は全体的に「嫌な感じ」だという.↓は,2組の夫婦で,ある山を登ったときの様子の引用である.ヘルムートにとっては,夫婦でいつも登っている「山」であるのだが,クラウスにとっては物足りないようで‥.
(…)クラウス・ブーフは,ここから高峰ヶ丘までの残りの距離を尋ねた.
「ここがもうその上なんだよ」とヘルムートが言った.
「高峰ヶ丘か,ここが」と言って,笑いながら彼は大声で何度も繰り返した.「高峰だってさ.ヘル,どう思う.俺達はもう高峰の頂上に来ているんだそうだぜ.(…)」
(…)クラウスは,この丘の名称の高峰を,ほんとうは口で言うほど滑稽だと思ってはいないのだ,という気がヘルムートにはしていた.故意に,滑稽そうに,言ってみせているだけである.ヘルもクラウスにつられて笑いだした.彼女の笑い声は(…)クラウスのに輪をかけたように,わざとらしいものであった.
「ハルムさんたち,お願い.気を悪くなさらないで.あたしたち,ハイキングといえば,いつも6時間以上歩くのおよ.だからものの1時間で目的地に着いてしまうなんて,とってもおかしいわけ」(「引用」より,88-89頁)
くっそ,「もやもや」する笑.この本の紹介をしていた時,聞いている人たちの姿がとても印象的で.何度も何度も共感?の「あぁ‥」とか「おぉ‥」とかが漏れていた.過去に誰かにマウントを取られた経験があるのだろうか.何だか紹介者の熱も相まって,聞いている人たちの記憶や感情を大いに揺さぶるような,そんな時間だった.
紹介が終わった後,マウントの取り方の性差についての話題になった.「女子のマウントの取り方って面倒くさいよね」みたいな.「〇〇さんって自立しててすごぉい.私なんか甘えてばっかりなんだよねぇ」と.
早急に,SST(ソーシャルスキルトレーニング)が必要である.いや,これも磨かれ抜かれた社会スキルの1つなのか.
このような「もやもや」を至るところで抱える人間は,非常に「めんどうくさい」つくりをしている.そんな「めんどうくさい」つくりをしている私たちを,「対話」や「小説」は肯定してくれる.一見どうでも良さげなことに,いちいち感情が振り回されてしまう私たちを,見つめてくれるような気がする
📚あおぞらの学び舎📚
#あおぞらの学び舎 #あおぞらの輪 #読書 #対話 #哲学 #自分づくり #自分らしく #学び続ける #生涯学習 #学ぶ楽しさ #学ぶ意味 #自己 #自己肯定 #自己実現 #ことば #アトリエ #仙台市 #山元町 #川崎町 #田村市
私たちの生活は「もやもや」が溢れている.家族や職場,親しい友人との人間関係で感じる「もやもや」,社会問題が見えてしまった時の「もやもや」,自分の感情を上手く言語化できない「もやもや」.
今回の「あおぞらの輪」では,そんな「もやもや」が,多くの場面で語られることとなった.
ある方は,職場で抱えた「もやもや」を打ち明けて下さった.一緒に働いている後輩が,上司に対して,「お気をつけください」という言葉を使ったらしい.その後輩は,(もしかすると)さりげなく言い放った言葉だったかもしれないが,何かが引っかかった.「お気をつけください」という言葉のもつニュアンスなのだろうか,それとも発せられた言葉の圧だろうか.「お気をつけください」という丁寧な言葉であるのに,相手の行動を規制する「注意」という意味合いをもつこの言葉に「もやもや」を感じていたようだ.
こういったSST(ソーシャルスキルトレーニング)と呼ばれる,コミュニケーションの訓練は,一体いつ学ぶことができるのだろうか.学校を卒業し,社会に出てから,個々で学ばなければならないこの社会の現状には,問題があるのではないのだろうか.‥とまたもや,「もやもや」が雪のように降り積もる.
相手が何気なく放った言葉に「もやもや」した経験は,どのくらいの人が持っているのだろうか.そういった「もやもや」は,普段から人間関係を大切にし,細心の注意を払っている人にこそ感じやすいからやり切れない.悩んできたから他人より見えるようになり,見えるようになったからこそ,さらに「もやもや」する.見えているのは,人間関係の細部だけではなく,その細部の問題を作り上げている社会の構造「も」である.見えてしまう,気づいてしまうからこそ「もやもや」してしまう.だったら,見えない方が・気づかない方が,楽なのだろうが‥.
いつも入念に準備をしてくれる友人は,今回も丁寧な2枚の資料とともに,1冊の本を紹介してくれた.
● マルティン・ヴァルザー「逃亡する馬」内藤道雄訳(同学舎)
中年のギムナジウム教師ヘルムート・ハルムは妻のザビーネと共にボーテン湖畔で休暇を過ごしていた.そこにかつての旧友クラウス・ブーフが声をかけてくる.彼は,ヘルムートがかつての自分の教え子と見紛うほどに若さを保っており,若い妻を連れていた.両夫妻は共に休暇を過ごすことになるが‥(配布資料の「3 あらすじ」より)
安定で堅実な生き方をしている陰キャな主人公と,刺激的・現代的な生き方をしている陽キャなクラウス.対象的な2組の夫婦が湖畔で休暇.クラウスが所々精神的にマウントをとってくるためか,物語は全体的に「嫌な感じ」だという.↓は,2組の夫婦で,ある山を登ったときの様子の引用である.ヘルムートにとっては,夫婦でいつも登っている「山」であるのだが,クラウスにとっては物足りないようで‥.
(…)クラウス・ブーフは,ここから高峰ヶ丘までの残りの距離を尋ねた.
「ここがもうその上なんだよ」とヘルムートが言った.
「高峰ヶ丘か,ここが」と言って,笑いながら彼は大声で何度も繰り返した.「高峰だってさ.ヘル,どう思う.俺達はもう高峰の頂上に来ているんだそうだぜ.(…)」
(…)クラウスは,この丘の名称の高峰を,ほんとうは口で言うほど滑稽だと思ってはいないのだ,という気がヘルムートにはしていた.故意に,滑稽そうに,言ってみせているだけである.ヘルもクラウスにつられて笑いだした.彼女の笑い声は(…)クラウスのに輪をかけたように,わざとらしいものであった.
「ハルムさんたち,お願い.気を悪くなさらないで.あたしたち,ハイキングといえば,いつも6時間以上歩くのおよ.だからものの1時間で目的地に着いてしまうなんて,とってもおかしいわけ」(「引用」より,88-89頁)
くっそ,「もやもや」する笑.この本の紹介をしていた時,聞いている人たちの姿がとても印象的で.何度も何度も共感?の「あぁ‥」とか「おぉ‥」とかが漏れていた.過去に誰かにマウントを取られた経験があるのだろうか.何だか紹介者の熱も相まって,聞いている人たちの記憶や感情を大いに揺さぶるような,そんな時間だった.
紹介が終わった後,マウントの取り方の性差についての話題になった.「女子のマウントの取り方って面倒くさいよね」みたいな.「〇〇さんって自立しててすごぉい.私なんか甘えてばっかりなんだよねぇ」と.
早急に,SST(ソーシャルスキルトレーニング)が必要である.いや,これも磨かれ抜かれた社会スキルの1つなのか.
このような「もやもや」を至るところで抱える人間は,非常に「めんどうくさい」つくりをしている.そんな「めんどうくさい」つくりをしている私たちを,「対話」や「小説」は肯定してくれる.一見どうでも良さげなことに,いちいち感情が振り回されてしまう私たちを,見つめてくれるような気がする
📚あおぞらの学び舎📚
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