遊ぶように.

あおぞらの輪
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【つぶやき】遊ぶように.

読書会で出会ったひとたちから影響を受けたことは山程ある。もし自分の中で「1番を決めろ」と言われたら、どう答えるだろう?迷いに迷いながら、それでも渋々「興味・関心の広さ」と答えると思う。「面白さの幅」と言い換えてもいい。味わえるゲテモノの種類が、年齢を重ねると広がっていくように、ページをめくって味わいたいと思える作品の種類が間違いなく広がった。

特に、様々な作品を紹介してもらった時間は、振り返るととてつもなく貴重だったように思う。読書会を開く前までは、触れることすらしなかった、海外文学、歴史小説、ミステリー、などなど。今なら渡されれば、抵抗なく読みに時間をかけられると思う。これまで本屋で無意識に排除してしまっていた本たちも、参加者の想いの詰まった紹介のおかげで、目に留まり、手に取るようになった。

最近、良い・悪いとか、為になる・ならないとかの判断を越えた本を好んで手にするようになった。教育に長らく関わっていたからか、その学習行為(ここでいうと「読む」)が将来の何に繋がるのかを考えることがもはや癖になってしまっていた。だからなのか、「〇〇のために読む」「〇〇のために考える」といったような、目的意識を先にして作品に触れていた。自分が欲している知識や感情体験を、効率よく積み重ねられるというメリットがあるが、排他してしまったものの中に「宝」のような読書体験があるかもしれないというデメリットもある。

本が好きなひとは、なるほど、なんの為に…とか考えずに、ただただ楽しんで作品と関わっているひとが多い。どんな展開がくるか、どんな感情になるかの予測不可能で偶然性に帯びた出会いすら、楽しんでいるようである。こっちが地図で下見した上で、グーグルアースで危険を確認し、実際に歩いたひとに話を聞いている間、彼らは「わくわくさん」ひとつで森の中に入っていってしまう。正直、びびりの私には羨ましい。

人の人生に正解・不正解が簡単に言えないように、作品の中にも簡単に読むべき・読むべきではないを判断できないようなものがたくさん存在する。曖昧で、複雑で、多様な登場人物たちの感情の機微。すっきりしないけど、何故かあとに引くような物語の展開や結末。まだまだ触れてみたい物語はたくさんあるなぁ…そんなことを考えていた。

「遊ぶ」ように「学んで」いく。
気づいたら「学んでいた」ことが基盤となって、「自分らしい生き方・幸せ」を選択・形成していく。
↑一生のうちに、その全土を眺めることはできるかなぁ…笑