第56回 活動報告

あおぞらの輪
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【活動報告】第56回 あおぞらの輪

 人生相談・人生談義。そんな日があったっていい。様々な事情を抱えながらも、日々を歩まれてきた5人だからこそ、できる話が確かにある。ドライブや飲み会の終盤のような、本音の混じったぶっちゃけ話。ゆっくりとしたトーンで、訥々と思いや考えが語られる余白の時間。

 私たちは無数の選択肢の中を生きている。何をしたっていいし、何をしなくてもいい。あらゆる可能性の中で、私たちは自由を享受し、自由に放り出されている。
 だからこそ、できるだけ“納得感”の高い選択肢を選びたい。選んだ選択肢に(あるいは捨てた選択肢たちに)後悔したくない。

 今回の哲学対話の中心テーマは、そんな「納得感」についてであった。特に人生について。どうやったら「納得感」の高い選択ができるようになるのか?
 ある参加者の素朴かつ真剣な疑問に、みんなで向き合うことができた。

 さて、私たちはどのように「納得感」を作り出すことができるのだろうか?

●対話のあとのぐるぐる🌀

 これまで私は、対話の場あるいは個人的な関わりを通して、数百人の話を聴いてきた。(そこだけは自慢できる笑)その経験の中で感じてきたことを稚拙ながら書き落としてみたい。

 特に人生が関わる選択肢について。はじめからすでに納得感の高い選択肢が存在しているというよりも、自分と選択肢との関係を見つめ、その2つを繋ぐ物語が紡がれたとき、自分の選択に対して「納得感」らしき感情が芽生えてくるような体感がある。最初は、言葉を選ぶように、あちらこちら右往左往していた語り口の中に、物語の「筋」のようなものが現れ、少しずつなめらかに、実感のこもった言葉たちへと変化していく。
 つまり、語られる中で「納得感」が芽生えてくる。納得できる(腹落ち感のある)物語を紡げるか否かが鍵となってくるような気がする。

・私には、〜な強みがあるから。
・私は、〜なことを大切にしてきたから。
・私は過去に、〜な経験をしたから。
・私はこれまで、〜な苦労を感じてきたから。
・私はこれまで、〜な人たちを見てきたから。
・私はいづれ、〜な夢を叶えたいから。
・私はいづれ、〜な人たちを支えたいから。
・私はこの先、〜な時間で人生を満たしていきたいから。

 分類するといくつかのパターンに分けられるかもしれない。そしてそれぞれの物語同士でも、強弱関係が存在するように感じる。例えば「生きるため」や「幸せになるため」という物語は、疑う余地がないほどに人々の意識に浸透している。私たちの選択の背後にどのような物語が流れているのか、確かめてみると興味深い気付きが得られるかもしれない。

「若いうちから、いろんなことを経験しないさい」という人生の先輩からの助言。この言葉には、「たとえ納得のいく選択でなかったとしても」という前提が暗に含まれている。選択した時点で納得のいくものではなかったとしても、後々振り返ったときに「納得感」が芽生えることもある。だから好き嫌いせず・最初から評価をせず、あらゆる経験をまずしてみることで、「納得感」に繋がる物語のパーツを集めていることを示唆しているのかもしれない。いつか繋がる(かもしれない)「納得感」のある物語のために、とにかくいろいろ手を付けることが大切かもしれない。

 そしてさらに、様々な物語を蓄えておくことも大切である気がする。これも自分の体験に過ぎないが、小説を読み続けたことで、様々な人生の場面や局面を面白がれるようになった気がする。(勿論そのために読んでいた訳ではない。面白がって読んでいた結果としての副産物である)全く納得のできなかった選択に興味深い意味を見出し、行動に写していく。
 ↑で集めた物語のパーツのいわば「繋げ方」を無数に知っておくことで、ありとあらゆる選択肢に「納得感」をもつことができる。物語を自分の中に沢山保有することは、物語を編むための「繋げ方」を知ることとも同じであるように思う。

 大分主観的な意見になってしまった😂

📚Tissoria・あおぞらの輪📚

#対話 #思考 #関係 #場 #物語