参加者最多!『塩狩峠】』読書会
12月22日(日)、第11回読書会を行いました!
会場は仙台市中心部にあるトークネットホール仙台(仙台市民会館)の研修室です。
今回は参加人数が予想以上に増えたので、
予約していたところをキャンセルして、大きな会場を探しなおしました!
まずは全員で自己紹介!
今回は人数が多いので、「参加した理由」のみお聞きしました。
仕事の都合で、仙台に赴任して来られている方も多く、会社以外に友だちが欲しかったという方が何名か。
また、定年後の趣味として、読書や本を通した交流の場が欲しいという方もいらっしゃいました。
読書会に参加する理由は、人それぞれ違いますが、
好きなことについてとことん話せる仲間が欲しい、というのが、どの世代でも共通しているかもしれません。
いよいよ感想タイム!
課題本は三浦綾子『塩狩峠』!
会場は仙台市中心部にあるトークネットホール仙台(仙台市民会館)の研修室です。
今回は参加人数が予想以上に増えたので、
予約していたところをキャンセルして、大きな会場を探しなおしました!
まずは全員で自己紹介!
今回は人数が多いので、「参加した理由」のみお聞きしました。
仕事の都合で、仙台に赴任して来られている方も多く、会社以外に友だちが欲しかったという方が何名か。
また、定年後の趣味として、読書や本を通した交流の場が欲しいという方もいらっしゃいました。
読書会に参加する理由は、人それぞれ違いますが、
好きなことについてとことん話せる仲間が欲しい、というのが、どの世代でも共通しているかもしれません。
いよいよ感想タイム!
課題本は三浦綾子『塩狩峠』!
【あらすじ】
結納のため、札幌に向った鉄道職員永野信夫の乗った列車は、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れて暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた……。明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らを犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を描き、生きることの意味を問う長編小説。
結納のため、札幌に向った鉄道職員永野信夫の乗った列車は、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れて暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた……。明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らを犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を描き、生きることの意味を問う長編小説。
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感想タイムから、7名と8名ずつ、ふたつのグループに分かれました。
作品を読んで感じたことを、ひとりずつ話していただきます。
参加者の感想をご紹介!
ここで、参加者の感想の一部をご紹介します。
「運命のむごさ。読み始めたら止まらなかった。しばらくショックだった。まことの愛を、あの死にざまで完成させたんじゃないか。神の愛を究極の形で証明した」
「最後の『ほんとうのしあわせ』について、皆さんがどう思ったか聞きたい」
「作者は何か所もフラグを立てている。『義人なし、一人だになし』と書いているが、人間ってそこまでしなきゃいけないのか…。『一粒の麦』の意味について、話し合いたい」
「全体的にうつくしい話だった。ふじ子が不憫でならなかった。いつのまにか信仰に浸食されていくものなのかな。『不具者は、人間の心にやさしい思いを育てるために、特別の使命を負ってこの世に生まれて来ているんじゃないだろうか』という記述があるが、本当にそうなのだろうかと考えさせられた」
「プロテスタントとカトリックの違いについて調べてみた。北海道の厳しい環境にプロテスタントの思想が強く結びついたのかも。映画「エンディングノート」も見て、いろんな改宗理由があるんだと知った」
「信夫の子どもの頃の扱いが可哀想。母親が生きていることを教えてあげればよかったのに。祖母トセはお線香をあげてもらえないの可哀想」
「身近な人を大切にするのではなく、『神様のために』が一番。生き残った人も気持ちが楽になるのかなと思った」
「信夫が『君はあきれた馬鹿だな』と言われるセリフがあるが、その通り、自分の思う“馬鹿”をやっているように読んだ。“鉄道屋としてどう生きるか”を全うしたようにも読める」
「三堀の転地についていくのは、お節介すぎると感じた。子どもの頃に虎雄を下に見ていたように、同じことをやっていると思った。三堀に対して失礼。真面目すぎてよくない方向に行っている」
「隆士の登場する意味とは?サタンのオマージュなのでは?」
「子どもより宗教をとった菊。母親としてどうなの?」
「信夫は、周りに影響されやすい芯のない人間だったのではないか。自分の考えの急なひらめきによって行動を起こすようなところがあるのでは」
「なぜ飛び込んだのか。自分をキリストと重ね合わせて、神のような上から目線で、自分が犠牲になってキリストのように死んだのでは。聖書の模倣をして生きていたのでは」
「土下座って、キリスト教としてはどうなのか」
「やはり母親に認められたい気持ちが根底にあり、ずっと本心はキリスト教徒になりたいと思い続けていたのでは」
などなど……。
フリートークで深めていく…
ひとりずつの感想を聞いた後は自由に話します。
この作品が実話をもとに書かれたという衝撃的な事実について話しました。
モデルとなった長野政雄さんの死については、いくつかの憶測があるが、作者は自らの命を犠牲にして鉄道を止めたという説を信じたくて書いたのではないか、と。
さらに、宗教を信仰することについて。
「本当に辛い状況に追い詰められた時、人間の力を超える大きな存在を信じられることで、人は強くなれるんじゃないか」という意見が出ました。
それに対して「宗教は、ひとを思考停止にしてしまう。いわゆる無敵の人になってしまい、怖い」という声も。
また、祖母や父の死があまりに急であるという指摘。作者は「死」をどう捉えていたんだろう?と。
作中に「死はすべての終わりではない」と言葉もあったが、キリスト教では、死を肯定的に捉えるものなのでは?と、
対話を通して、作品を深掘りしていきました。
新潮文庫は裏表紙に「あらすじ」が載っているので、
それを先に読んでしまうと、その後の展開が知れてしまいます。
『塩狩峠』の場合、主人公の死という衝撃的な結末が書かれているので、
「いつになったら死ぬんだ」「なかなか死なない…」とハラハラしながら読み進めたという方も多かったようです。(笑)
「あらすじはあえて読まない」派もいたので、純粋に物語を楽しむためには、その方が良いかもしれない…と思いました。
今回もまたあっという間の、濃い3時間でした。
最後にクリスマス企画!
そして!クリスマスも近いので、本のプレゼント交換を行いました。
じゃんけんで順番を決めて、ひとりずつくじを引いて。
番号の振られた紙包みを手渡していきます。
「それでは、オープンしましょうー!」と一斉に包装を解くと、「おお~~!」「わぁ~♪」と大歓声が!
「その本を選んだ理由」を一人ずつ話していただきました。
小説や歌集、実用書、レシピ本や絵本などなど……。
「実はずっと読んでみたかった!」「買おうと思っていた」という声が聞かれました。
まるで本が人を呼んだかのような奇跡的な出合い。
本と人との縁を感じ、おおいに盛り上がりました。
2月にスタートした読書会アパート3号室ですが、
今年はこれで最後の回となりました。
ご参加くださった皆様、ありがとうございました!
【忘年会へ!】
読書会で語り合ったあとは、近くのイタリアンバーを貸し切っての忘年会です。
ひとりずつ、今年の重大ニュースや来年の抱負などを発表。
年の瀬らしい雰囲気に包まれて、あっという間の2時間でした!
二次会もカラオケで夜遅くまで盛り上がったようです!
感想タイムから、7名と8名ずつ、ふたつのグループに分かれました。
作品を読んで感じたことを、ひとりずつ話していただきます。
参加者の感想をご紹介!
ここで、参加者の感想の一部をご紹介します。
「運命のむごさ。読み始めたら止まらなかった。しばらくショックだった。まことの愛を、あの死にざまで完成させたんじゃないか。神の愛を究極の形で証明した」
「最後の『ほんとうのしあわせ』について、皆さんがどう思ったか聞きたい」
「作者は何か所もフラグを立てている。『義人なし、一人だになし』と書いているが、人間ってそこまでしなきゃいけないのか…。『一粒の麦』の意味について、話し合いたい」
「全体的にうつくしい話だった。ふじ子が不憫でならなかった。いつのまにか信仰に浸食されていくものなのかな。『不具者は、人間の心にやさしい思いを育てるために、特別の使命を負ってこの世に生まれて来ているんじゃないだろうか』という記述があるが、本当にそうなのだろうかと考えさせられた」
「プロテスタントとカトリックの違いについて調べてみた。北海道の厳しい環境にプロテスタントの思想が強く結びついたのかも。映画「エンディングノート」も見て、いろんな改宗理由があるんだと知った」
「信夫の子どもの頃の扱いが可哀想。母親が生きていることを教えてあげればよかったのに。祖母トセはお線香をあげてもらえないの可哀想」
「身近な人を大切にするのではなく、『神様のために』が一番。生き残った人も気持ちが楽になるのかなと思った」
「信夫が『君はあきれた馬鹿だな』と言われるセリフがあるが、その通り、自分の思う“馬鹿”をやっているように読んだ。“鉄道屋としてどう生きるか”を全うしたようにも読める」
「三堀の転地についていくのは、お節介すぎると感じた。子どもの頃に虎雄を下に見ていたように、同じことをやっていると思った。三堀に対して失礼。真面目すぎてよくない方向に行っている」
「隆士の登場する意味とは?サタンのオマージュなのでは?」
「子どもより宗教をとった菊。母親としてどうなの?」
「信夫は、周りに影響されやすい芯のない人間だったのではないか。自分の考えの急なひらめきによって行動を起こすようなところがあるのでは」
「なぜ飛び込んだのか。自分をキリストと重ね合わせて、神のような上から目線で、自分が犠牲になってキリストのように死んだのでは。聖書の模倣をして生きていたのでは」
「土下座って、キリスト教としてはどうなのか」
「やはり母親に認められたい気持ちが根底にあり、ずっと本心はキリスト教徒になりたいと思い続けていたのでは」
などなど……。
フリートークで深めていく…
ひとりずつの感想を聞いた後は自由に話します。
この作品が実話をもとに書かれたという衝撃的な事実について話しました。
モデルとなった長野政雄さんの死については、いくつかの憶測があるが、作者は自らの命を犠牲にして鉄道を止めたという説を信じたくて書いたのではないか、と。
さらに、宗教を信仰することについて。
「本当に辛い状況に追い詰められた時、人間の力を超える大きな存在を信じられることで、人は強くなれるんじゃないか」という意見が出ました。
それに対して「宗教は、ひとを思考停止にしてしまう。いわゆる無敵の人になってしまい、怖い」という声も。
また、祖母や父の死があまりに急であるという指摘。作者は「死」をどう捉えていたんだろう?と。
作中に「死はすべての終わりではない」と言葉もあったが、キリスト教では、死を肯定的に捉えるものなのでは?と、
対話を通して、作品を深掘りしていきました。
新潮文庫は裏表紙に「あらすじ」が載っているので、
それを先に読んでしまうと、その後の展開が知れてしまいます。
『塩狩峠』の場合、主人公の死という衝撃的な結末が書かれているので、
「いつになったら死ぬんだ」「なかなか死なない…」とハラハラしながら読み進めたという方も多かったようです。(笑)
「あらすじはあえて読まない」派もいたので、純粋に物語を楽しむためには、その方が良いかもしれない…と思いました。
今回もまたあっという間の、濃い3時間でした。
最後にクリスマス企画!
そして!クリスマスも近いので、本のプレゼント交換を行いました。
じゃんけんで順番を決めて、ひとりずつくじを引いて。
番号の振られた紙包みを手渡していきます。
「それでは、オープンしましょうー!」と一斉に包装を解くと、「おお~~!」「わぁ~♪」と大歓声が!
「その本を選んだ理由」を一人ずつ話していただきました。
小説や歌集、実用書、レシピ本や絵本などなど……。
「実はずっと読んでみたかった!」「買おうと思っていた」という声が聞かれました。
まるで本が人を呼んだかのような奇跡的な出合い。
本と人との縁を感じ、おおいに盛り上がりました。
2月にスタートした読書会アパート3号室ですが、
今年はこれで最後の回となりました。
ご参加くださった皆様、ありがとうございました!
【忘年会へ!】
読書会で語り合ったあとは、近くのイタリアンバーを貸し切っての忘年会です。
ひとりずつ、今年の重大ニュースや来年の抱負などを発表。
年の瀬らしい雰囲気に包まれて、あっという間の2時間でした!
二次会もカラオケで夜遅くまで盛り上がったようです!