演劇と哲学の邂逅:舞台上で真に生きるための思考法

劇団天文座
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登場人物

  • 森本座長 - 劇団天文座の主宰。演劇と哲学をこよなく愛する、少し夢見がちな理論家。
  • 田中 - 座長の暴走をいなすのが役目の、実践派ベテラン俳優。
  • 佐藤 - 理論と実践のバランス感覚に優れた、頼れる中堅俳優。
  • 山田 - 好奇心旺盛な新人俳優。彼の素朴な疑問が、いつも議論の火付け役になる。
  • 記録係 - 劇団の活動を温かく見守る記録係。







第一場:稽古後の円座




(劇団天文座の稽古場。西陽が差し込む中、椅子が円形に並べられている。俳優たちが心地よい疲労感に包まれている)


森本座長
(目を輝かせながら) みんな、お疲れさま! ねぇ、ちょっとだけ僕の好きな話、聞いていかないかい?


田中
(やれやれという顔で) 座長の「ちょっと」は、たいてい長くなるんだよなぁ。で、今日のテーマは?


森本座長
(嬉しそうに) 演劇と、哲学!


山田
(きょとんとして) 哲学…ですか? 難しそうです…。


森本座長
とんでもない! 山田くん、「なんで雲は落ちてこないんだろう」とか考えたことないかい? それと同じさ! 「人間って何だろう」「真実ってどこにあるの?」…この問いを探す冒険、それが演劇であり、哲学なんだよ。ワクワクしないかい?


佐藤
(微笑みながら) 確かに、役作りは自分探しの冒険みたいなものですからね。


森本座長
そうだろう! 君たちが芝居をやりたいって燃える気持ちこそ、哲学が目指す「よく生きる」ことの答えの一つなんだ。素晴らしいことだよ。








第二場:古代ギリシャのヒーロー




田中
でも、座長。かの有名なプラトン先生は、芝居なんてニセモノのニセモノだって、ボロクソに言ってたじゃないですか。


森本座長
(少しムキになって) そうなんだよ! ひどい言われようだろう? 僕も最初に読んだ時は、一晩眠れなかったくらい悔しくてね。でも、そこに颯爽と現れたヒーローがいた!


山田
ヒーロー?


森本座長
(待ってましたとばかりに) そう、弟子のあのアリストテレスさ! 彼は「演劇は、人生のシミュレーションなんだ!」と擁護してくれた。「悲劇には、時代を超える人間の真実が詰まっている」ってね。


田中
シェイクスピアが今も上演されるのは、その「真実」があるからか。


森本座長
その通り! そして観客は、物語を通して心のデトックス…「カタルシス」を体験する。僕らはただの役者じゃない。心のセラピストなんだよ!…なんてね。ちょっとカッコつけすぎたかな。


佐藤
(笑いながら) でも、そのくらいの気概は大事ですよね。








第三場:20世紀のアベンジャーズ




森本座長
(さらに熱が入り) 20世紀になると、もっと面白いことになる! ニーチェが「秩序(アポロン)と情熱(ディオニュソス)、両方ないとダメだ!」と喝破すれば…


田中
冷静な頭と、熱いハート。役者の基本だな。


森本座長
ブレヒトが「お客さん、ただ感動してるだけじゃなく、ちゃんと考えて!」って異化効果を発明し、アルトーは「言葉なんかいらない!魂でぶつかれ!」と叫ぶ。サルトルなんて「君の人生の脚本家は、君自身だ!」だよ。まるで演劇界のアベンジャーズだと思わないかい!?


山田
アベンジャーズ…! なんか、カッコいいです!


佐藤
個性派揃いの革命家たちですね。


森本座長
(満足そうに頷き) だろう? 彼らがいたから、僕らの表現はこんなにも自由になれたんだ。








第四場:哲学は「魔法のメガネ」




田中
で、そのアベンジャーズの必殺技は、どうやったら僕らも使えるんですか、座長。


森本座長
(楽しそうに指を立て) いい質問だ、田中くん! 例えば、山田くんが役の性格で悩んでいるだろう?


山田
はい…。「彼はどういう人間なんだろう」って、考えれば考えるほど分からなくなって…。


森本座長
OK! じゃあ、その考えを一旦ゴミ箱にポイしてみよう。哲学は「魔法のメガネ」なんだ。かけ替えると、世界が違って見える。


田中
魔法のメガネ?


森本座長
実存主義というメガネをかけるとこう見える。「彼の『性格』なんてものは、ない!」。大事なのは「彼が、今、何を『している』か」だけだ。「ハムレットは憂鬱だ」じゃない。「ハムレットは、復讐をためらっている」。さあ、どうだい?


佐藤
なるほど! 形容詞じゃなくて、動詞で役を捉えるんですね! それなら具体的だ。


山田
本当だ…!「何をしているか」を考えれば、動きや台詞が自然に出てきそうです!


森本座長
(にっこりして) だろう? 哲学は難しい呪文じゃない。僕らの視野を広げてくれる、便利な道具なんだよ。








第五場:居心地のいい「ぬるま湯」から出よう




佐藤
でも、つい自分のやりやすい演技に固執してしまうんです。その「ぬるま湯」が心地よくて。


森本座長
ああ、「コンフォートゾーン」という名のぬるま湯だね。僕も若い頃は、それで何度も頭を壁にぶつけたよ。今でも時々、足を突っ込んじゃうけどね。


田中
(驚いて) へぇ、座長でも?


森本座長
(照れ臭そうに) もちろんだよ。だから、いつも自分にツッコミを入れるんだ。「おい森本、本当にそれでいいのか?」「もっと面白いやり方があるんじゃないか?」ってね。


山田
自分で自分にツッコミ…。


森本座長
そう。その疑問こそが、俳優を「たまたま上手くいった」から、「いつでも再現できる」プロフェッショナルに変えてくれるんだ。








第六場:はじめてのPC




(一同、機材コーナーへ移動。真新しいPCが箱に入ったまま置かれている)


田中
そういえば座長、ついにPC買ったんですね。


森本座長
(少し自慢げに、でも恥ずかしそうに) うむ。生まれて初めて自分でPCを買ったんだが…説明書を読むだけで半日もかかってしまったよ。


山田
えっ、そうなんですか!?


森本座長
YouTubeの動画編集に挑戦しようと思ってね。でも、何十万もする講座があるなんて驚いた。そんなお金があったら、みんなで美味いものでも食べに行くさ。


佐藤
(笑いながら) まずは無料ソフトで試してみる。座長の哲学は、こういうところでも一貫してますね。


田中
で、座長。動画のネタは考えてるんですか?


森本座長
(いたずらっぽく笑い) 「森本座長、はじめてのカップ麺」なんてどうだろう。意外と再生されたりしてな。








第七場:稽古という名の実験




(再び稽古場の中央へ。それぞれが台本を手に取る)


森本座長
さあ、今日の哲学談義を踏まえて、一つ実験をしてみよう! プロローグから、セリフと動きを完全に切り離して読んでみよう。


山田
動きをなくすんですか?


森本座長
そう。今日は言葉のシェフになるんだ。一つ一つのセリフを、じっくり味わって、こねくり回して、最高の味付けを探す。動きはその後でいい。さあ、どんな料理ができるかな?


田中
了解。面白そうだ、やってみよう。


森本座長
(俳優たちを見つめ、優しく) キャスティングも、みんなで考えよう。この役の「行動」を、一番チャーミングに、一番面白くできるのは誰だろう?ってね。








最終場:星空を見上げて




(稽古が終わり、再び円座を組む一同。窓の外は星が瞬き始めている)


森本座長
みんなのおかげで、今日もすごく楽しかったよ。ありがとう。


田中
こちらこそ。理屈っぽいのは苦手だけど、座長の話は結局、芝居が好きだって気持ちに行き着くからな。


佐藤
明日から、役を「動詞」で見るのが楽しみになりました。


山田
僕、なんだか、演劇がもっと好きになりました!


森本座長
(満足そうに空を見上げ) それでいい。僕らは、この広い世界で「なぜ?」を探す旅人だ。舞台の上でも、動画の中でもね。さあ、帰って美味い飯を食おう!


全員
お疲れさまでした!


(静かになった稽古場。記録係が一人残り、客席に向かって優しく語りかける)


記録係
劇団天文座。彼らの探求の旅は、いつだって、こんなふうに少しだけ不器用で、とても人間的です。でも、だからこそ、彼らの見上げる星空は、きっと誰かの心を照らす光になる。演劇と哲学の、温かくて、ちょっとおかしな邂逅。この続きは、また次のお話で。


[幕]