「真剣な雑談#1」(12月10日)にて話し合ったことメモ

神保町ふへん読書会
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〇謝るということについて
語源をただせば、「誤る」つまり過去の行為が間違っていたと認識する行為から始まる。
しかし単なる謝罪だけでは詫びたことにならなずに、そのあとに代償という行為が必要なのでは?(気持ちと行為は別の次元か?)
「すみません」は他動詞的か、自動詞的か。
(例「生まれてきてすみません」太宰治)
「sorry」の語源をただせば「心が痛む、悲しい」つまり自動詞的だが、、?

「すみません」とは雰囲気を変えるために発する記号のようなもの?
だからそれ自体には根本的には意味はない?


〇働くこととは?

はた(傍)をらく(楽)にするというのは正確な語源ではない。
「仕事」の辞書的解釈:しなければいけないこと
生きていくためにしなければならないこと。それ以上でも以下でもない。
やりがいのある仕事はいい仕事か?
それとも待遇のある仕事がいい仕事なのか?
仕事に何を求めるのか?
よい仕事とは?

〇献身とは?

「捧げる」の辞書的解釈:身分の高い人や神に何かを差し出す行為
 →それでは自分より立場の低い人に対する行動は実はその人のためではない?
「犠牲なき献身は奉仕」ヘレンケラー
何か犠牲を伴うものが献身(=捧げる)という行為?
それでは献身とは命を超えたところにあるのだろうか。理念や思想や神のため?
それでは余った時間や富を使うボランティアは献身ではない?